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西成出身京大生。考えたことを共有するため、意見交換の下準備、知らない人に話しかけてもらうためのセルフメディアです。

述語の人、間の人

僕が大学でしたいことは何か。そう聞かれれたら、芸術、ビジネスの視点を持って学問をしたい。東洋、アラブの視点を持って、西欧が中心になって進めてきた、学問という領域に踏み入っていきたい。社会的弱者の存在、世界の悲惨な有様を念頭に置いた上で、健…

僕がブログを書く意味

このブログを書いていて、「お前ヤベェな」とか「よく考えてるね」とか「胡散臭い」と、掘り下げることなく上部の評価だけを伝えてくる人が多い。それでは僕が言語化というリスクを背負い、しかも身の内をさらけ出して終わりではないか。こんなに時間をかけ…

上村治也略歴(2017年3月まで)

生まれは西成。小中高と地元の公立に通う。 小学校ーーサッカー少年。将来の夢は公務員であった。卒業文集的な将来の夢の欄に「順風満帆な人生」と書いて、家族で手をつないで上から札束が降ってくる絵を描いていた。 中学生ーー陸上で中長距離。三年からは…

過去を生きるということ

私の時間に対する価値観について書こうと思う。ここでは「過去を生きる」ということについて書いていく。 自分の過去に行ったこと、考えたことを、想起し、その過去の自分から学ぶということを私はしている。この思考法は、偉人の伝記を読み漁る中で身につけ…

今を生きるということ

ここでは過去を生きることに続いて、「今」を生きることについて書いていく。今を生きるといえば、今年の京大の英文に出てきたことは記憶に新しい。その英文では人々の時間に対する価値観について、過去との比較によって生み出される負の感情や、今を生きる…

量子思考 (構想)

人間の脳というのは物事を一つにまとめたがる傾向がある。故に世間では皆がそれぞれ異なる考えを持ち、多くの場合それを崩そうとしない。リバタリアンでさえ、リバタリアン的思考様式を持ち、それを崩そうとしない。権力に植え付けられたものであれなんであ…

日本における子どもの貧困〜子ども食堂をこえて〜

3月20日、大阪教育大学にて生野子育ち社会研究会主催の「子ども食堂をこえて」というタイトルで、日本の子どもの貧困問題について考える講演会に参加してきました。僕が強いられたように、一人一人がこの社会問題に対する自らの認識が浅いことを自覚し、…

「変化する」というアイデンティティ

私のアイデンティティは「変わる」ことだ。経験を通して、読書を通して、そして過去の時間を生きることによって性格及び思想、それに伴う言動が、私の場合は頻繁に変わる。これまでの私と接してきた人にはお分かりだと思う。そして最近その変化というものが…

今考えていることーデカルトとライプニッツに憧れてー

僕は人生において、いろんなことがしたい。ゆえに中世の万能人と称される偉人たちに憧れるのは自然の流れである。 デカルトとライプニッツは哲学者として偉大な思想を残し、自然科学に多大な貢献もした。そして何より、デカルトは演繹法を確立し、解析幾何を…

京都大学合格体験記ー受験勉強など京大は求めていないー

僕は日本の教育制度、というよりは競争と比較ありきの受験というものをよろしく思わず、それに反抗するべくいわゆる”受験勉強”というものをできる限りせずに京大に合格して、「受験勉強とは集団が生み出した流れに過ぎず、実際に大学側はそのような受験勉強…

脱受験勉強のススメ

僕はふと疑問に思った。いわゆる「受験勉強」は必要なのだろうか。大学側はテストの形式に慣れさせることを目的として試験を作成しているのだろうか。ここでの僕のあげる仮説はは次のことである:1:大学側は一定以上の学力を持った生徒を選抜するために試…

好奇心と独学力に重点を置いた教育モデル

本来高校までの教育とは「いかに学ぶか、なぜ学ぶか」を身につけるためにあるはずだ。さらに学ぶことに対する好奇心を伸ばし、人生において学び続けるために、独立した思考と協調性を身につけることが目的とされるはずだ。(最も自分でかんがえる力を持たな…

高校生から見た高校教育ー卒業論文に変えてー

僕は現在、大阪の公立高校三年生だ。もうすぐ京都大学の受験が控えているが、卒業論文代わりに、内から客観的に見た現在の教育課程の誤謬と、独立して考える力を養う理想の教育像というものについて、この一年間考えてきたことをまとめることにした。僕は、…

真理・選択・ヴィパッサナー(古)

先日、ヴィパッサナー瞑想法の修行に10日間行ってきた。10日間山奥の小さな施設に泊まり込み、睡眠と食事以外の時間は常に瞑想をしているという非常にハードなものであった。さらに修行中は誰とも会話をしてはならず、目を合わせることも、体が触れ合うこと…